ダンス動画を見ていると、激しく動いているのに、なぜか安定して見える人がいます。反対に、振付は合っているのに、どこか上半身が落ち着かず、動きが薄く見える人もいます。
私は、この違いを体幹の筋力やダンス歴だけで説明しないほうがよいと考えています。そこで、胸郭と股関節の二か所を見ます。胸郭は肋骨で囲まれた胸のかごのことで、その前側が持ち上がり、肩を後ろへ使える位置にあるかを見ます。股関節は脚の付け根のことで、ここが身体の奥へ収まり、骨盤と脚の間に立体感があるかを見ます。
骨格ねじれ研究所では、ダンスの安定感を見るときの基準を、この胸郭と股関節に置いています。どちらも自然な位置に収まっている人は、何もしていない立ち姿でも安定して見えます。
下の図は、同じ人物の全身像で、胸郭と股関節の立体感を左右で比べたものです。胸の前の高さと、脚の付け根の奥行きが、二つの立ち姿でどう違って見えるかを見てください。
ダンスで見る安定感
安定している人と聞くと、身体がまっすぐで、ほとんど動かない人を想像するかもしれません。ダンスで見たい安定感は、棒のように固まっている状態とは違います。
固めて動かない身体 = 一方向には止まれる
安定して動ける身体 = 大きく動く
+ 自分で止まる
+ 次の方向へ移る
+ 元へ戻る上手い人は、胸や骨盤を大きく動かしても、身体の中心を見失いません。崩したように見える位置からでも、次の動作へ移れます。動画では、この「移動できる安定感」を探します。
胸郭の前側が上がっているか
安定して見える人は、胸郭の前側が潰れていません。肋骨の前側が上に保たれ、胸のかご全体が背中側へ収まっているように見えます。そのため、肩を無理に引かなくても、肩甲骨まわり(肩甲帯)を後ろへ使える余地があります。
下の表は、胸郭が整っている人と、前へ倒れている人の見え方を並べたものです。動画で見ている人が、左右どちらの列に近いかを当てはめてみてください。
| 観察点 | 安定して見える状態 | 崩れて見えやすい状態 |
|---|---|---|
| 胸郭の前面 | 上方へ保たれ、潰れていない | 下へ落ち、胸の前が縮んで見える |
| 肩 | 後方へ動ける余地がある | 前へ巻き込み、腕の付け根が詰まって見える |
| 背中 | ゆるやかなしなりと奥行きがある | 一枚の板のように平ら、または一か所だけで反る |
| 頭部 | 胸郭の上に収まり、前へ突き出て見えない | 顎と頭が胸より前へ流れて見える |
肩を力いっぱい後ろへ引く必要はありません。胸郭が前へ倒れたまま肩だけを引いても、肩甲骨の間を狭めて形を作っているだけになります。胸郭が上がってはじめて肩を後ろへ使えるようになる、という順番で考えています。
胸郭が整っている人の背中には、前後へ動けるしなりがあります。胸郭を持ち上げることと、腰だけを強く反ることは別の動きです。動画でも、どこまで反れるかは見ずに、胸郭全体に奥行きがあるかを見ます。
首が胸より後ろに見えるとき
安定感のある人を横から見ると、胸の位置に対して首がかなり後ろにあるように見えることがあります。顎を無理に引いて、頭だけを後ろへ押し込んでいるわけではありません。胸郭から順に、次のようにつながって、そう見えるのだと考えています。
胸郭の前面が持ち上がる
↓
胸郭が前へ潰れず、背面方向へ収まる
↓
肩が前へ巻き込まれにくくなる
↓
頭部が胸郭の上へ戻る
↓
首が胸より後ろにあるように見える反対に、胸郭が前へ倒れて肩が巻き込まれると、頭が前へ出てバランスを取ろうとします。この状態で頭だけを後ろへ引いても、動きの中ではすぐ元へ戻ってしまいます。そのため、首の位置だけを見て直そうとはせず、胸郭、肩、首、頭部が順につながって見えるかを観察します。
股関節が身体の奥へ入って見えるか
もう一つの基準は、骨盤と大腿骨(太ももの骨)のつながりです。安定感のある人を正面から見ると、脚が骨盤に平たくつながっているようには見えません。股関節のあたりが下から身体の奥へ入り込み、骨盤が左右の太ももの上に立体的に乗っているように見えます。
下の表も、どちらの列に近いかを当てはめながら見てください。脚の付け根(鼠径部)と、お尻の立体感を比べています。
| 観察点 | 安定して見える状態 | 平面的に見えやすい状態 |
|---|---|---|
| 鼠径部 | 内側・後方へ収まるような奥行きがある | 骨盤から脚へ直線的につながって見える |
| 骨盤 | 左右の大腿骨の上で支えられて見える | 前へ流れる、または後傾したまま平らに見える |
| 臀部 | 背面へ自然な立体感がある | 骨盤から背中まで、のっぺり一枚につながる |
| 支持脚 | 股関節で体重を受け、上半身を支えられる | 膝や足首だけで踏ん張って見える |
骨盤が後傾して固まっているように見える人は、前から見たときに骨盤と脚の境目が薄くなり、股関節が浅く平たく見えることがあります。横から見ると、背中から骨盤、お尻までが直線的につながり、身体の後ろ側の立体感がなくなって見えます。
股関節が身体の奥へ収まって見える人は、骨盤の後ろにお尻の立体感があります。脚の上に骨盤が乗り、その上に背骨と胸郭が乗っていて、この積み重なりの上で動いているように見えます。
胸郭と股関節のつながり
胸郭と股関節は背骨でつながっているので、胸郭だけを上げても、骨盤が前へ流れたままだと安定しません。股関節だけを奥へ入れようとしても、胸郭が潰れていれば上半身が前へ落ちます。
下の図で、胸郭から背骨、骨盤、大腿骨までが切れ目なく続いていることを確かめてください。その下の流れ図は、このつながりに沿って、力がどう伝わると考えているかを順に書いたものです。
胸郭の前面が上がる
↓
背中に前後方向のしなりが生まれる
↓
骨盤が大腿骨の上で位置を選べる
↓
股関節が身体の奥へ収まって見える
↓
床から頭部までの力がつながる流れ図のようにつながると、肩を後ろへ引き続けなくても胸が潰れにくくなります。お尻を力いっぱい突き出さなくても、骨盤と脚の間に奥行きが出ます。
動画を四回に分けて見る
一度の再生で全身を見ようとすると、顔や手先、衣装、フォーメーションに目が行ってしまいます。そこで、同じ動画を四回に分けて見ます。
- 一回目は全身の印象を見る。何もしていない瞬間や、動作と動作の間でも安定して見える人を探す。
- 二回目は胸郭から上だけを見る。胸郭の前面、肩、首、頭の位置関係を追う。
- 三回目は骨盤から下だけを見る。脚の付け根の奥行き、お尻の位置、体重を乗せている脚(支持脚)への移り方を追う。
- 四回目は胸郭と股関節のつながりを見る。胸郭が動いたときに、骨盤と股関節がそれをどう受け止め、次の動きへ渡すかを見る。
| 再生方法 | 見るもの |
|---|---|
| 通常速度 | 安定感の全体印象、動きの流れ |
| 0.75倍 | 胸郭と骨盤が動く順番 |
| 0.5倍 | 肩、首、股関節が代わりに動いていないか |
| 一時停止 | 動作間の立ち姿。ただし一枚だけで判断しない |
一時停止した画面は形を比べるのに使い、最後は、その形に入って、そこから動き、また戻れるかを動画で確かめます。
形を力で作らない
ここまでの基準を読むと、肩を後ろへ引いて胸を張り、お尻を突き出せばよいと思うかもしれません。でもそれでは、形を外側から作っているだけになります。
肩は、胸郭が上がれば、強く引き続けなくても後ろへ使えるようになります。反るときは、腰の一か所だけでなく、胸郭から骨盤までの前後の向きを使います。お尻は突き出さずに、骨盤が大腿骨の上に乗る位置を探します。そのうえで、前後左右へ動いて、また戻ってこられるかを見ます。
ダンス医学・科学の国際団体 IADMS の資料では、骨盤の中立位置を「骨盤を大腿骨頭の上で釣り合わせる」という考え方で説明しています。その角度は体形や動作によって違うので、全員を同じ傾きに合わせるものではありません。ダンサーとダンスをしない人を比べた小規模な研究(Paris-Alemany ほか 2018年)では、ダンサーのほうが腰から骨盤にかけて(腰椎骨盤部)の運動制御や動的な安定性が高いと報告されています。ただし、安定して見える外見を一つの角度で決めた研究ではありません。この記事の見方も、胸郭と股関節が動きの中でどう関係して見えるかを比べるためのもので、動画から骨の位置を診断するものではありません。
何も力を入れていない瞬間を見る
動画を見るときは、振付が始まる前、動きと動きの間、歩いて次の位置へ移る瞬間など、何も力を入れていないように見えるときを基準にします。
| 最後に確認する二点 | 観察する問い |
|---|---|
| 胸郭 | 前面が潰れず、肩と首を後方へ使える位置にあるか |
| 股関節 | 身体の奥へ収まり、骨盤と脚の間に立体感があるか |
胸郭と股関節が、力で作らなくても表のような位置に収まっているかを見ていくと、振付が合っているかどうかとは別に、その人が立っているだけで安定して見える理由も分かりやすくなります。
一本の動画で試すこと
好きなダンス動画を一本選んで、次のように試してみてください。
- 決めポーズではなく、動きと動きの間の「何もしていない瞬間」で一時停止する。
- その一枚で、胸の前が上がっているか(胸郭)だけを見る。
- もう一度同じ場所で、脚の付け根に奥行きがあるか(股関節)だけを見る。
二か所を分けて見られるようになったら、鏡に映る自分の立ち姿も、同じように確かめてみてください。
胸郭や重みの移動を自分の身体で小さく試す観察は、『ダンス整体』に3つの例として入れています。
参照
参考URLと参照範囲
- International Association for Dance Medicine & Science, “Dancing with the pelvis: Alignment, deviations, and mobility” (2015):記事の参考資料https://iadms.org/education-resources/blog/2015/april/dancing-with-the-pelvis-alignment-deviations-and-mobility/
- International Association for Dance Medicine & Science, “Improving Pelvic Alignment”:記事の参考資料https://iadms.org/media/2938/iadms-bulletin-vol1n1.pdf
- International Association for Dance Medicine & Science, “The Shoulder Complex”:記事の参考資料https://iadms.org/media/3617/iadms-resource-paper-shoulder-complex.pdf
- Paris-Alemany A, et al. “Comparison of lumbopelvic and dynamic stability between dancers and non-dancers.” (2018):記事の参考資料https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29982036/
- Kiefer AW, et al. “Balance in Theatrical Dance Performance: A Systematic Review.” (2018):記事の参考資料https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30508830/
- Pohjola H, et al. “Lumbopelvic movement control in contemporary dancers: A multiple case study.” (2019):記事の参考資料https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/tsm2.81
個別研究やガイドラインは、本記事の観察法や独自理論を証明するものではありません。本文で明示した対象・条件・限界の範囲で参照しています。
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